はじめに皆さん、ご存じでしょうか。実は2026年、遺言に「新しいかたち」が加わることになりました。パソコンやスマホで作れる、通称「デジタル遺言(正式には保管証書遺言)」です。これまで多くの方が、遺言といえば「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」のどちらにするかで悩んでこられました。そこに、もう一つの選択肢が登場します。この記事では、次のことを整理します。・デジタル遺言とは何か、どう作るのか・自筆証書・公正証書と何が違うのか・向いている人・向いていない人・そして、私がFPとして一番お伝えしたいことそれではさっそく、見ていきましょう。そもそも、遺言には種類があります日常的に使われる遺言(普通方式といいます)には、これまで3種類ありました。・自筆証書遺言:自分で全文を手書きするもの。手軽ですが、形式の不備で無効になったり、紛失したりするリスクがあります。・公正証書遺言:公証役場で、公証人が作るもの。証人が2人必要で費用もかかりますが、無効になりにくく、安全性が高いです。・秘密証書遺言:内容を秘密にしたまま存在だけを証明するもの。実際にはあまり使われていません。多くの方が悩むのは、手軽だけれど不安が残る「自筆証書」と、安全だけれど手間と費用がかかる「公正証書」の、いわば両極端の2つです。その真ん中あたりに、新しく登場するのが「デジタル遺言」だとイメージしてもらうと、話が早いかもしれません。新しい「デジタル遺言(保管証書遺言)」とは2026年6月17日に成立し、6月24日に公布された法律(民法等の一部を改正する法律)で、4つ目の遺言方式として「保管証書遺言」が新しく作られました。これが、通称「デジタル遺言」です。仕組みは、ざっくりこういう流れです。・(1)パソコンやスマホで、遺言の全文を作成する(手書きは不要)・(2)その文書に署名する(電子署名など。押印は不要)・(3)法務局(遺言書保管所)に保管を申請する・(4)遺言書保管官の前で、遺言の全文を口述する(対面だけでなく、ウェブ会議でもOK)。ここで本人確認と、本当に自分の意思かの確認が行われる・(5)法務局が保管し、効力が生まれるポイントは、手書きが要らないこと、そして公正証書のように証人(2人)を用意しなくていいことです。法務局が保管してくれるので、紛失の心配もありませんし、家庭裁判所での検認(遺言書の存在と内容を家庭裁判所が確認する手続き。相続人にとっては地味に負担です)もいりません。自筆証書・公正証書との違い自筆証書遺言公正証書遺言デジタル遺言作成全文を手書き公証人が作成パソコン・スマホで作成押印必要(改正で不要化予定)必要不要証人不要2人必要不要費用ほぼ無料公証人手数料など未定保管自宅など(法務局の保管制度もあり)公証役場法務局検認必要(法務局保管なら不要)不要不要いつ使える今すぐ今すぐ施行はこれからこうして見ると、デジタル遺言は「自筆証書の手軽さ」と「公正証書の安心感(公的機関の関与・確実な保管)」の、いいとこ取りを狙った制度だと分かります。注意点いい制度だと思う一方で、勘違いされやすい点もあります。1. 施行日は未定施行日は「公布から3年を超えない範囲内」で、これから政令で決められます。遅くとも2029年6月ごろまでには始まる見込みですが、逆に言えば、今この瞬間に遺言を用意したい方の選択肢にはなりません。「新しい制度ができたなら、それを待とう」と考えて、対策を先延ばしにするのは、私はあまりおすすめしません。2. 費用も未定「デジタルだから安いはず」と思いたくなりますが、金額は決まっていません。参考までに、いま法務局が紙の自筆証書遺言を預かる制度は、1通3,900円です。デジタル遺言もこれに近い水準になる可能性がある、という見方はありますが、あくまで現時点では未確定です。3. スマホで完結、ではないパソコンやスマホで作れる、というと全部オンラインで終わるイメージを持たれがちですが、遺言書保管官の前で全文を「口述」する手続きが必要です。ウェブ会議で対応できるとはいえ、「作ってボタンを押すだけ」ではない、という点は押さえておいてください。4. 「作りやすさ」と「中身の正しさ」は別これは方式に関わらず共通ですが、大事なので書いておきます。作るのが簡単になっても、中身(誰に何を遺すか、遺留分への配慮、相続税)が適切でなければ、かえって争いの種になることもあります。方式は入れ物です。中身は、別できちんと考える必要があります。向いている人・向いていない人現時点の情報をもとに、私の見立てを整理します。向いていそうな人・手書きが負担な方(書く量が多い、手が不自由、字を書くのがつらい)・公証役場に出向いたり、証人を頼んだりするのが心理的・体力的にハードルな方・パソコンやスマホの操作に、ある程度抵抗がない方・遺言の内容が比較的シンプルな方正直に言うと、遺言を書きたい方には、ご高齢で筆記がつらいという方がとても多いです。キーボードや音声入力で作れるようになれば、これまで諦めていた方も遺言を残せるようになります。私が「いい制度になりそうだ」と感じている、一番の理由がここです。向いていなさそうな人・今すぐ遺言が必要な方(施行前なので)・財産の構成が複雑、または相続人の間でもめる可能性が高い方(この場合は公正証書の方が安全です)・パソコンやスマホの操作、口述の手続きに強い不安がある方・遺留分など、専門的なチェックが必要なケースFPとして、本当にお伝えしたいことここまで方式の話をしてきましたが、私が一番伝えたいのは、実はその手前の話です。どの方式にするかより、「そもそも作るかどうか」の方が、はるかに大事だということです。ご相談でよく出会うのが、この2つの誤解です。・「うちは兄弟仲がいいから、遺言なんていらない」・「うちは大した資産がないから、遺言なんていらない」気持ちはよく分かります。でも、この2つが、私は一番危ないと思っています。令和6年度の司法統計によると、家庭裁判所で遺産分割の争いになったケース(遺産分割事件として扱われた件数。総数は15,379件)のうち、約76%が、遺産5,000万円以下の家庭でした。つまり、もめているのは「資産家」ではなく、ごく普通のご家庭が中心なんです。理由はシンプルで、財産が少ないほど、その多くが「自宅(不動産)」に偏りがちだからです。現金なら3人で分けられますが、家は3つに割れません。「仲がいいから大丈夫」も同じです。仲が悪くてもめるというより、「決める基準がない」から、それぞれの言い分が正しく見えて、こじれていきます。遺言は、そのための「基準」を、故人が先に決めておいてあげるものです。デジタル遺言によって、遺言はこれから、もっと身近になっていくはずです。だからこそ私は、「特別な人が書くもの」ではなく、「基本的にみんなが書くもの」という感覚を、少しずつ持ってもらえたらいいなと思っています。今日からできること制度の施行はまだ先ですが、今できることはあります。・✅ 誰に、何を遺したいかを、一度ざっくり書き出してみる(きれいにまとめなくて大丈夫です)・✅ 自宅など「分けにくい財産」がどれくらいあるか把握する・✅ 「うちは大丈夫」と思っていないか、一度立ち止まってみる・✅ 今すぐ必要そうなら、施行を待たず現行の方式(公正証書など)を検討する・✅ 内容に迷ったら、専門家に相談するまとめ・デジタル遺言(保管証書遺言)は、パソコン・スマホで作れる4つ目の遺言方式・手書き不要・押印不要・証人不要で、法務局が保管してくれる・ただし施行はこれから(遅くとも2029年6月ごろまで)で、今はまだ使えない・費用や細かい手続きは未確定・方式が便利になっても、大事なのは「中身」と「そもそも作ること」・もめるのは資産家より普通の家庭。「うちは大丈夫」が一番危ないよくある質問(FAQ)Q. デジタル遺言は、いつから使えますか?A. 2026年6月に法律は成立しましたが、施行日はこれから政令で決まります。公布から3年以内とされており、遅くとも2029年6月ごろまでに始まる見込みです。現時点では使えません。Q. 費用はいくらですか?A. 現時点で未定です。参考として、いまの紙の自筆証書遺言の保管制度は1通3,900円です。デジタル遺言もこれに近い水準になる可能性はありますが、確定情報ではありません。Q. スマホだけで、家から完結できますか?A. 作成自体はパソコン・スマホで可能ですが、遺言書保管官の前で全文を口述する手続きが必要です。ウェブ会議でも対応できる想定ですが、「作って終わり」ではありません。Q. 結局、自分にはどの方式が合っていますか?A. 財産や家族構成、いつ必要かによって変わります。今すぐ確実にしたいなら公正証書、手軽さ重視なら自筆証書やデジタル遺言(施行後)、というのが大まかな目安です。迷ったら、方式の前に「中身」から一緒に整理していきましょう。最後にここまで読んでいただき、ありがとうございます。遺言というと、まだ少し縁遠く感じる方も多いかもしれません。でも私は、これから遺言はもっと当たり前のものになっていくと思っています。「特別な人が書くもの」ではなく、「大切な人がもめないように、みんなが書いておくもの」へ。デジタル遺言は、その入口を広げてくれる制度だと感じています。「うちの場合はどうなんだろう」と少しでも気になったら、施行を待つ前にできることもありますので、一度ご相談ください。参考・出典・法務省:「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00410.html・法制審議会 民法(遺言関係)等の改正に関する要綱案 https://www.moj.go.jp/content/001456656.pdf・司法書士法人COM事務所:デジタル遺言(保管証書遺言)のしくみ https://shiho-com.com/terms/testament/・OWL行政書士事務所:デジタル遺言(保管証書遺言)制度導入へ https://office-owl.jp/digital-yuigon-kaisei-2026/・税理士法人レガシィほか:デジタル遺言ガイド/相続争いの司法統計 https://www.ht-tax.or.jp/sozoku-guide/digital-will-guide-2026免責:本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の遺言方式・金融商品・保険商品の推奨を目的とするものではありません。制度の内容・施行時期・費用は今後の政令や法務省令により変わる可能性があります。個別のご判断にあたっては、最新の公的情報をご確認のうえ、必要に応じて専門家にご相談ください。統計データは過去の一時点のものであり、将来を保証するものではありません。