はじめにお盆で、久しぶりに実家に帰る方も多いと思います。親の顔を見て、少し老けたな、と感じる。足腰が弱ってきたな、物忘れが増えたな、と気づく。そのときにふと頭をよぎるのが、「相続の話、しておいた方がいいのかな」ということではないでしょうか。でも、いざ切り出そうとすると、これがなかなか難しい。「縁起でもない」と言われそうだし、お金目当てと思われるのも嫌だ。結局、また今度でいいか、となって帰ってくる。この記事では、そんな「切り出せない」をどう越えるかを、私なりの順番でお話しします。制度の細かい話よりも、まず「どう話し始めるか」に絞ってお伝えします。なぜ、相続の話はこんなに切り出しにくいのか切り出せない理由は、大きく2つあるかなと思います。ひとつは、相続の話が「親が亡くなること」を前提にしているからです。元気にしている親を前に、「亡くなったあとの話」をするのは、やっぱり気が引けます。言う方も言われる方も、あまりいい気持ちにはなりません。もうひとつは、お金目当てだと思われたくないという気持ちです。「財産どうなってるの?」といきなり聞けば、親からすれば「そんなに私の金が気になるのか」と思われてもおかしくありません。この2つの壁があるので、多くの方が切り出せないまま、また一年が過ぎていきます。私が面談でお会いする方からも、同じような声を本当にたくさん聞きます。「気にはなってるんです。でも、なかなか切り出せなくて」「一度聞いてみたら、親が聞く耳を持ってくれなくて」だから、「切り出せない」のは、あなたが冷たいからでも、準備不足だからでもありません。多くの人がつまずく、ごく当たり前のところです。「相続の話」ではなく、「介護の話」から入るここからが、私が一番お伝えしたいことです。相続の話が切り出しにくいのは、さっき書いたとおり「亡くなること」が前提だからです。だったら、前提を変えてしまえばいい、と私は考えています。相続の話ではなく、「介護の話」から入るのです。相続は「亡くなったあと」の話ですが、介護は「生きているあいだ」の話です。親が元気なうちに、これから体が弱ってきたらどうしたいか、どこで暮らしたいか、費用はどうするか。これは「縁起でもない話」ではなく、「これからのあなたを心配している話」になります。この入り口だと、親も受け取り方が変わります。自分の死を数えられているのではなく、自分の暮らしを気にかけてもらっている。だから、感謝の気持ちで話に入ってくれることが多いんです。そして面白いのが、介護の話を進めていくと、自然と相続の準備につながっていくことです。たとえば、こんな順番で話が広がっていきます。・介護が必要になったら、費用はどこから出す? → 親の預金や年金の話になる・もし認知症になったら、その口座は誰が動かせる? → 資産凍結の話になる・じゃあ、元気なうちに何を決めておこうか → そのまま相続の準備につながるとくに知っておいてほしいのが、「資産凍結」です。親が認知症などで判断能力を失うと、たとえ家族でも、親の預金を自由に引き出せなくなることがあります。介護費用を親の口座から出そうと思っても、それができない。凍結されたあとは、原則として成年後見制度という手続きを使うしかなくなります。これは「亡くなったあと」ではなく、「生きているあいだ」に起きる問題です。だからこそ、介護の話は、親にとっても他人事ではありません。介護という入り口から、「あなたのため」という気持ちで話す。その延長で、お金や相続の準備も一緒に進めていく。これが、私が実際の相談の場でも一番うまくいっていると感じる順番です。「うちは財産がないから大丈夫」は、むしろ危ないもうひとつ、どうしても知っておいてほしいデータがあります。「相続でもめるのは、お金持ちの話でしょう」と思っている方が、とても多いです。でも、実際は逆です。家庭裁判所に持ち込まれた遺産分割の争いのうち、約76%が、遺産額5,000万円以下の家庭です(令和4年 司法統計)。そのうち約3分の1は、遺産1,000万円以下です。つまり、もめているのは、いわゆる普通の家庭なんです。なぜでしょうか。私の考えでは、理由はシンプルで、「お金がないから、対策をしない」からだと思っています。財産が大きい家は、税理士に相談したり、遺言を用意したり、早めに手を打ちます。一方で、「うちには大した財産はないから」と思っている家ほど、何もしないまま相続を迎える。そして、いざ分けようとすると、実家というひとつの不動産をきょうだいで分けられずにもめる。現金が少ないので、代わりに払うお金もない。もめる原因は、金額の大きさではありません。「何も話していなかった」という、それだけのことだったりします。だからこそ、財産の多い少ないにかかわらず、元気なうちに一度話しておくことに意味があります。聞くのは「いくら」ではなく、「どうしたいか」切り出せたとして、次に何を聞けばいいのか。ここで多くの方が、「財産がいくらあるか」を聞き出そうとします。でも、私はそこを最初のゴールにしなくていいと思っています。大事なのは、金額そのものよりも、親が「どうしたいか」です。・最期まで、この家で暮らしたいのか・介護が必要になったら、どこで、誰に頼りたいのか・お墓やお葬式について、希望はあるのか・家や土地を、誰に残したいと思っているのか金額は、これらが見えてきたあとで、必要に応じて確かめれば十分です。先に親の「気持ち」を受け取っておく。それが、あとでもめないための一番の土台になります。一度で、全部を解決しようとしない最後に、これは心構えの話です。お盆の帰省中に、全部を聞き出して、対策まで決めきろうとしないでください。それはたぶん、うまくいきません。親も身構えてしまいます。お盆にできるのは、「火種をひとつ置いてくる」くらいで十分だと私は思います。「最近、介護のニュースをよく見るんだけど、うちはどうする?」その一言を残しておくだけで、次に帰ったときの会話が、ぐっと楽になります。一気に片付けようとせず、何回かに分けて、少しずつ。そのほうが、親も安心して本音を話してくれます。今日からできる、会話の入り口お盆に、身構えずにできることをまとめておきます。✅ 「相続」という言葉を、いきなり使わない✅ まずは「介護」「これからの暮らし」の話から入る✅ 「あなたが心配だから」という気持ちを、先に伝える✅ 金額より、「どうしたいか」を聞く✅ 認知症になると口座が凍結される、という事実を一緒に知っておく✅ 一度で決めきろうとせず、「火種を置く」くらいでいい✅ 話せたことは、簡単でいいのでメモに残しておく全部できなくて大丈夫です。このうちひとつでも持って帰れたら、その帰省は成功だと思います。まとめ・相続の話が切り出しにくいのは、「亡くなること」が前提だから・前提を変えて、「介護(生きているあいだ)の話」から入ると、切り出しやすい・介護費用や「資産凍結」の話から、自然と相続の準備につながる・もめている家の約76%は遺産5,000万円以下。財産の少ない家ほど、対策していない・聞くのは「いくら」より「どうしたいか」。一度で解決しようとしないよくある質問(FAQ)Q. 親に「縁起でもない」と嫌がられたら、どうすればいいですか?A. 無理に続けないことです。相続そのものではなく、「介護」や「これからの暮らし」に話題を戻すと、受け取り方が変わることが多いです。今回は火種を置くだけ、と割り切って大丈夫です。Q. きょうだいがいます。私だけで親に聞いてもいいですか?A. ひとりで聞いて、あとから「勝手に話を進めた」と思われると、それ自体がもめる原因になります。可能なら、きょうだいにも「親の希望を聞いておきたい」と一声かけてから動くと安心です。Q. エンディングノートを渡せば済みますか?A. きっかけとしては良いと思います。ただ、渡して終わりだと書かれないことも多いです。まず会話でお互いの温度感を確かめてから、という順番のほうが、私はうまくいくと感じています。Q. 「資産凍結」は、どう備えればいいですか?A. 認知症などで判断能力を失う前であれば、家族信託や任意後見といった選択肢があります。どれが合うかは家庭の事情によって変わります。気になる場合は、具体的なことを一度ご相談してみてくださいね。最後にここまで読んでいただき、ありがとうございます。相続の準備というと、どうしても「手続き」や「節税」の話になりがちです。でも、本当のスタートは、親が「どうしたいか」を知ることだと私は思っています。お盆は、その第一歩を踏み出すのにちょうどいいタイミングです。とはいえ、家庭の事情はそれぞれ違いますし、何から手をつければいいか迷うこともあると思います。そんなときは、具体的なことを一度、気軽にご相談いただければと思います。一緒に、あなたの家に合った順番を考えていきましょう。参考・出典・生前贈与の持ち戻し(2024年改正で3年→7年):円満相続税理士法人 https://osd-souzoku.jp/3nennaikasan/・相続税がかかった人はどれくらいいるか:生命保険文化センター https://www.jili.or.jp/lifeplan/houseeconomy/820.html・遺産分割の争いの約76%は遺産5,000万円以下(令和4年 司法統計):相続終活相談センター https://souzoku-sodan.org/inheritance-dispute/・認知症による口座凍結について:ファミトラ https://www.famitra.jp/article/ninchisyo/post-047/免責本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の商品の推奨や、個別の税務・法務に関する助言ではありません。相続税・贈与税の取り扱いや制度は改正される場合があります。実際のご判断にあたっては、最新の情報をご確認のうえお進めください。