スタートアップの経営者であれば「エグジットを検討するならプライベートカンパニーを設立して、自社株を一部移管させたほうがいい」という類の話を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。本記事では「スタートアップ経営者と資産管理会社」という問題について考察してみたいと思います。上場企業の4社に1社が資産管理会社を活用スタートアップの経営者であれば「エグジットを検討するならプライベートカンパニーを設立して、自社株を一部移管させたほうがいい」という類の話を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。しかしながら「エグジットの方向性が定まっていないから、むやみに資本政策を変更出来ない」「VC含む投資家から、まだそんなことを考えるのは早いと言われた」という意見を耳にする一方で、「もっと早いタイミングで株価の低いうちに移管しておけば良かった」という意見を頻繁に耳にすることも事実です。上場企業の4社に1社が資産管理会社を活用直近の著名スタートアップIPO時の有価証券報告書を見ていても上位株主に経営者の資産管理会社が名を連ねているケースは多くありますし、中には上場企業の4社に1社は資産管理会社を活用しているという研究もあります。参照:日本経済新聞このようにIPOを目指す経営者にとっては資本政策の一環としていつかは検討すべきスキームであるものの、有価証券報告書を読み取ると実際に取り組むのはN-2期前後など上場準備に入ってからというパターンが多く見受けられます。そしてそれと同時に「もっと早いタイミングで株価の低いうちに移管しておけば良かった」という意見を頻繁に耳にすることも事実です。本稿ではこのような背景に基づき、ウェブ上でリサーチをかけても体系化されていないために情報へたどり着くことが難しく検討しづらい「スタートアップ経営者と資産管理会社」という問題について考察してみたいと思います。※本記事は2021年3月現在の税法に基づき執筆しております。個別税務につきましては、税理士等の専門家、または所轄の税務署にご確認の上、ご自身で確認頂くようお願い申し上げます。資産管理会社とは明確な定義はないものの、不動産や株式等の資産を持つ個人または家族の、資産管理を目的とした会社であると言えます。本稿では、IPOを目指す経営者が資産管理会社を活用する意義について考察するため「経営者自身が保有するIPO準備会社の株式を移転させる法人」を前提としていきます。資産管理会社活用のスキームIPO準備会社(A社)の経営者(X)が、資産管理会社(B社)を設立するXが所有するA社株式の一部をB社へ譲渡する株式譲渡に伴う税負担があれば納税するIPO後は目的に応じてB社株式を親族へ譲渡/贈与する※詳細は割愛しますが時価に対して低い価額で株式を譲渡した場合、Xに対しては所得税等、B社に対しては法人税等が課されることが考えられます。スキームとしてはシンプルで上記のような流れが一般的であり、簡潔に述べると「IPO準備会社の株式を資産管理会社を通して間接保有する」というイメージが分かりやすいと思います。また、家族構成や目的に応じて、B社設立時の株主に親族を加えることも別途検討すべきでしょう。資産管理会社活用のメリット大きく分けて3点あり自社株配当を受けるケース相続が発生したケース安定株主を確保できるという点です。①自社株配当を受けるケースIPO後に自社株配当を受ける際、経営者個人で受け取るのに対して、資産管理会社で受け取る場合では税負担を大きく下げられる可能性があります。具体的には、経営者個人と資産管理会社のそれぞれで10%ずつの自社株式を保有していると仮定し、それぞれ1億円の配当金を受け取る場合経営者個人での受け取り総合課税の対象となり最高税率の場合は約50%の税負担が生じ、手元に残るのは約5,000万円資産管理会社の受け取り法人税約30%負担かつ、保有割合によって50%非課税のため、約15%の税負担となり、手元に残るのは約8,500万円というように大きな差が生じます。保有割合によって非課税割合が変わる点については、法人税法の第23条「受取配当等の益金不算入」を参照してください。参照:国税庁②相続の発生時、および③安定株主の確保続いて②と③については、主に経営者自身が死亡して相続が発生した場合、上場株式か否かで相続税評価方法は異なるため、自社株ではなく、自社株を間接保有する資産管理会社の株式を相続する方が税負担は軽くなる可能性がある相続人に資産管理会社の株式を相続させることで、容易な売却と自社株式の分散を防ぐことが出来るという理由から、このスキームを活用するケースが考えられます。資産管理会社活用のデメリットこちらは大きく2点が考えられ自社株式を売却するケース経営者個人へ資金還流させるケースとなります。①自社株式を売却するケース例えばIPO後に大きく株価の上昇した自社株式を一部売り出してキャピタルゲインを獲得する際の税負担は経営者個人:約20%の分離課税資産管理会社:約35%というように、個人で保有する株式を売却したほうが税負担は軽くなります。つまり、IPOを目指す経営者は、売り出し予定の株式については個人で所有する方がベターでしょう。また、エグジットの選択肢として、IPOではなく売却(バイアウト)の可能性がある場合は要注意です。バイアウトでエグジットした際に資産管理会社保有の株式があると、個人所有に対して税負担が大きくなってしまうため、基本的にデメリットしか生じません。上記から、バイアウトも選択肢にあるフェーズでは、導入に際して慎重に検討すべきスキームであると考えられます。②経営者個人へ資金還流させるケース将来時点で資産管理会社にある資産を経営者個人が使うために、資産管理会社→経営者というように再度資金還流させる場合も注意が必要です。配当を使うと総合課税として最高税率約55%の負担が生じると共に、法人と個人での二重課税リスクも考えられるでしょう。(この点についてはIPO後に経営者個人へ資金還流を行うケースでも同様です。)参照:国税庁資産管理会社を立ち上げるタイミング結論で申し上げると、事業計画を基に株価算定のプロと相談をしながら、スキームの有効性を把握して、しかるべきタイミングで実行に移すことがベストでしょう。基本的な考え方としては、エクイティファイナンスを重ねてバリュエーションが上昇する前の、早いタイミングであればあるほど、取り組むことが容易となります。一方で、投資家に優先株を割り当てた場合、普通株の価値は相対的に低い可能性事業計画上、投資を重ねるフェーズでありそもそも純資産が増えない場合は株価上昇は考えづらい(時価純資産法のケース)という観点から、ある程度の事業年度が経過してからでも有効に活用できる可能性があるため、事業計画を含めて企業ごとに慎重に検討する必要があるでしょう。また、先述したデメリットも加味して検討する必要があるため、少なくともPMFを達成してビジネスモデルも確立し、中長期の事業計画作成に伴って資本政策を検討する段階で検討すべき選択肢となるではないでしょうか。まとめ上記のように、経営者にとって資産管理会社は経営上のリスクマネジメント手段として大いに活用できる可能性があり、巷で耳にする「節税対策として、、、」という点は側面でしかありません。特にスタートアップにおいては、創業初期はプロダクトに集中して全リソースを投下すべきフェーズとなりがちで、IPO後に効果を発揮するような資本政策のスキームに取り組む余裕はなかなかないでしょう。一方で、拡大フェーズを迎えてからはその先の事業計画と共に、経営上の万が一のリスクを把握してリスクマネジメントに取り組むことも欠かせません。また、リスクマネジメントに取り組むことにより、一層集中して事業のアクセルを踏み込むことが可能ともなりえるため、タイミングによっては一考の価値のあるスキームであると言えるのではないでしょうか。